最高裁判所第二小法廷 昭和41年(行ツ)40号 判決 1968年2月16日
上告人
酒井軍次
被上告人
福島県教育委員会
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人八島喜久夫の上告理由一について。
原判決の所論認定に関する判示をみるに、その趣旨とするところは、上告人の原審における、本件免職処分はその事由とされた事実が全く存在しないから、そのかしは重大かつ明白であつて処分は無効である旨の主張に対し、要するに、その主張を認めるに足る証拠がない旨認定しているのであつて、所論証拠についてその排斥の理由の表現はともかくとして、挙示の証拠関係を詳細に検討すれば、判示証拠が上告人の主張を認めるに足る証拠とはならないとする原判決の判断は首肯しえないものではない。のみならず、原判決がさらに判示している本件免職処分の事由が存在する旨の認定は、所論近藤証人の証言のみでなくその余の挙示の証拠をも認定の資料に供しているのであつて、これらを検討すれば右認定は肯認しえないことはない。従つて、結局、原判決には所論の違法は存しないというべきである。
同二について。
原判決の所論判断は挙示の証拠に照らせば首肯しえないものではなく、この点に関し所論の違法は認められない。論旨は採るをえない。
同三について。
原判決およびその引用する一審判決をみると、原審は上告人の原審における所論主張に対し、本件免職処分に対する審査請求については不服申立期間経過の理由で却下の裁決がされており、本件全証拠によつても右審査請求の提起が適法であつたとは認められないから、結局、上告人の本件処分の取消請求は審査請求を経由すべき要件を充足しない不適法なものである旨判断しているのであり、右判断は本件証拠関係に照らし首肯できる。故に原判決には所論の違法は存せず、論旨は採るをえない。
同四について。
教育長専決規程(昭和三一年一二月一日福島県教育委員会訓令第二号)中の教員の分限免職処分を教育長に専決処理させる旨の規定およびこれにもとづく本件処分は、地方自治法、地方公務員法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、教育公務員特例法等における教育委員会および教育長の職務権限等に関する規定、分限制度の趣旨および分限処分に対する不服申立方法等にかんがみれば、これを違法、無効とは解せられない。論旨は採るをえない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
上告代理人八島喜久夫の上告理由
一、原判決には判決に影響を及ぼす理由のくいちがいがある。
原判決はその理由中に於て「当審証人園部国夫、同関保雄(第一、二回)同渡辺国一、同星文彦、同渡辺ハルノの各証言はいづれも控訴人の昭和三六年三月以前における状況に関するものにすぎないのでこれらによつては控訴人主張の事実を認めることができず他に右事実を認めるに足りる証拠はない」と判示しながら「原審証人目黒嘉祐、同近藤金弥当審証人渡辺貞夫の各証言を総合すれば前記免職処分の事由はいづれも存在すると認められる」と判示しているが右原審証人近藤金弥が福島県南会津高等学校の校長であつたのは昭和三三年四月一日から同三六年三月三一日迄であり(原審証人近藤金弥)明に前記第二審各証言内容と同様目黒嘉祐校長赴任前の事実について証言している。
右は証言内容の信用度に関する判断ならいざ知らず明に一方には一定の時期以前の証言は証拠にならないとし他方ではそれでも証拠になるというのは理由にくいちがいあるものと言うの外はない。
二、原判決は地方公務員法第二八条第一項第一号及び同第三号の規定を誤つて解釈し且つ理由不備の違法がある。
上告代理人は原審昭和四一年一月一〇日付準備書面に於て既に述べている所であるが分限免職は懲戒免職とは異つて道義的責任を追求するものではないから同法第二八条第三号にその職に必要な適格性を欠くとは本人の素質能力資格等から言つて地方公務員たるに適さない色彩が付着していてそれが一朝一夕に抜けがたい持続性を持つている場合と解すべきである。
然るに原判決は理由中に於て「控訴人は南会津高等学校長目黒嘉祐が作成した控訴人の教師としての不適格性についての報告は僅か数ケ月間の出来事について作成されたものにすぎないから何等不適格性についての持続性を証明しうるものではないと主張するが、たとい数ケ月の出来事に基くものであつても不適格性の持続性を証明することは必ずしも不可能であるとは断じがたく、原審証人近藤金弥当審証人渡辺貞夫の各証言に徴すれば本件報告の内容は充分に不適格性の持続を証明したものと認めることができる」と判示し、控訴人が二十数年間教育一途に生きて来た実績(原審控訴本人尋問の結果)を一顧だにせず、目黒校長がさゝいな事を取上げて上告人の追出しを図つたことを看破しなかつたことは前記法条の解釈を誤つた為である。
人の性格は一朝一夕に変るものではなく、二十数年平穏無事に務めて来た教員が数ケ月のうちに突然その職に不適格になつたとは経験則に照し信じがたいものであり、もしそれが事実とすれば被上告人はその合理性を説明せねばならない。
三、原判決には判決の結果に影響を及ぼす審理不尽、理由不備の違法がある。
上告人は原審に於て本件免職処分の無効に併せて取消をも主張しているのであるが、原審の判決は単に無効原因についてのみ判断し、取消の原因については何等の判断をしておらない(前記準備書面第一項)上告人が本訴請求に先だつて法定期間内に不利益処分審査請求を為さなかつたのは病気と理由ない免職処分を原因とするノイローゼの為なることを主張し立証したのであるが、原判決は右について「原審の判断と同一であるから」とで之を却けている。
然しながら第一審に於て上告人は本件免職処分の無効を主張したのみで(但し裁判官は無効の主張中に取消の主張を含むとして判断したと称してはいるが)その裏付けとなるべき立証は何も為さなかつたのであるが、第二審に於ては取消の主張と立証を為したにかゝわらず何等の理由を付せずに之を却けている。
四、原判決はその理由中に於て「免職処分が教育長専決規程に基いてなされたこと」の適法性は第一審判決理由中(四)に示したところと同一であるとなして之を引用している。
然しながら原審の右判断は行政庁に於ける専決処分の解釈を誤つた違法が存在する。
地方自治法第一八〇条の八及び同法別表第三の二によれば、教員の任免は被上告人が管理執行しなければならないのに、本件免職処分は教育長の専決によつて為された。
而して被上告人は右専決処分は被上告人の訓令第二号による教育長専決規程に基くものであると主張するものであるが、右規程そのものが凡て無効とは言い難いにしても少くとも分限免職は懲戒免職と共に教員の働く権利を奪い生活の恐畏にさらすものであるから之を教育長の専決とする規定は無効であり、従つて右規程に基いて為された本件免職処分は無効である。